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zoom RSS クルーン161`達成記念

<<   作成日時 : 2005/07/20 12:56   >>

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クルーン161`達成記念、各紙報道を眺めまくり。
クルーンの人物像というのもまた、興味深くて好きだ。

苦労に裏打ちされた愛嬌
延長12回、クルーン161キロの日本最速を記録
 
 伝説は聖地・甲子園で作られた―。1対1の同点で迎えた延長十二回、横浜のマーク・クルーン投手(32)がクイックモーションで阪神・赤星憲広外野手(29)に投じた6球目だ。高めの直球は自己の持つ日本最速記録159キロを更新し、日本球界初の時速161キロを計測した。
 歴史の証言者となった赤星も「やっぱり速かったね。ファウルするのが精一杯でしたよ」と、驚きを隠せなかった。「150キロと160キロは明らかに違う」が、未知の球速の実感だった。
 阪神のサヨナラを信じ、大声援を送り続けた満員の観衆も、クルーンの1球ごとに引き込まれていた。そして世紀の1球で、張り詰める甲子園の雰囲気を一変させていた。
 さまざまな要素が絡み合い生まれた大記録だ。横浜はエース・三浦が9回を1失点で投げきり、阪神は井川の後をウィリアムス―藤川―久保田とつぎ込む総力戦。登板の時点で横浜の勝利はなかった。それでも「チームもそこまで頑張っていたし、引き分けでも負けたくなかった」と、クルーンは強い思いでマウンドに上がった。
 続く鳥谷の初球でも160キロを出し、勢いは止まらなかった。「今日はいい試合で、1点を取られると負けてしまう場面。そして5万の大観衆。そういうもののコンビネーションで出せた記録だよ」と、満足げに笑みを浮かべた。
 決して平たんな野球人生ではなかった。だが、右肩に漢字で刻んだ「信」のタトゥーが示すとおり「自分自身を信じ、そして周囲からも信頼されるように」。その思いがクルーンの野球人生、そしてジャパンドリームを切り開いてきた。
 父親の顔を知らずに育った赤貧の少年時代。セレクションでの落選が続いた高校時代。転校先のアリゾナ州シャドー・マウンテン高では外野手として合格。中堅からの返球が監督の目に留まり投手へ転向し、“速球王への道”が始まる。
 その速球は、当時すでに150キロを超えていた。3A時代の95年、22歳で自己最速の163キロをマーク。それから10年―32歳のクルーンの速球が今度は日本のプロ野球を席巻した。

 牛島監督は「みんな負けたくないという気持ちが出ていた。このチームにいて彼にも伝わっている。あれだけの緊張感の中での試合を守りきったのは大きい」と、日本一のクローザーに、そして99年以来となる前半戦Aクラスターンを決める“価値ある引き分け”をたたえた。
(デイリースポーツ) - 7月20日11時2分更新

公認記録じゃないんだ
横浜 クルーンがプロ野球最速の161キロ 阪神戦
 横浜のマーク・クルーン投手(32)が19日の阪神戦(甲子園)でプロ野球最速となる時速161キロ(球場スコアボード表示)を計測した。十二回1死一塁、赤星に投じた6球目。ファウルとなったが、自身が今季マークしたプロ野球記録の159キロを更新し、日本球界で初めて160キロ台に達した。クルーンは続く鳥谷の初球も160キロを計測。これもファウルとなった。
 各球場のスピードガンで計測される投手の球速は、プロ野球の公認記録ではないが、日本人投手では五十嵐亮太(ヤクルト)らの158キロが最高。
 クルーンは米大リーグ・ロッキーズから、今季横浜に入団。メジャーでは通算26試合の登板で0勝2敗。不振の佐々木に代わって、5月から抑え役に定着した。

 ◇どよめきに包まれたスタンド
 4万5474人の甲子園の大観衆が、球史に残る球の目撃者になった。
 延長十二回1死一塁、赤星に投じた6球目だった。球速に押された力のないファウルが、三塁側スタンドに消える。この時、バックスクリーンには「161キロ」という表示が浮かび上がっていた。日本最速記録。事の重大さに気付いたスタンドは、どよめきに包まれ始める。
 その2球後。ざわめきが収まらない中、鳥谷に投じた1球目にスピードガンは「160キロ」を表示。そのスピードがフロックでなかったことを証明した。
 熱い気持ちと冷静な心が、記録を後押しした。熱い気持ちを生んだのは「点を与えたら負けだったから」と振り返った試合展開。それでいながら心の一部は冷えていた。「足場が悪かったから、変な所に足を着かないように気を付けた。記録? 意識しなかったよ」
 同じ打席で150キロの速球を空振りしている赤星の感想は「50と61とでは、明らかに差があった。ファウルにするのが精いっぱいでした」。150キロが、まるでチェンジアップのように感じられる。クルーンのすごみを感じさせる一言だった。
 試合後のクルーンは、いたって冷静なもの。「記念のボールが欲しかったけれど、スタンドに入ったんじゃあ仕方ないね」。そして、次の目標を聞かれると「チームに勝利をもたらすことさ。スピードはあれがいっぱいいっぱい。ぼくもスーパーマンじゃないしね」。数字は、あくまでファンのためのもの。自分の仕事に徹するスタンスの延長線上に、偉業が待っていた。
(毎日新聞) - 7月20日10時17分更新

牛丼に拍手
日本最速161キロ!!横浜クルーン出した
 横浜の快速右腕、マーク・クルーン投手(32)が、ついに日本球界初の160キロ超えを果たした。延長12回に登板。1死一塁から赤星に対し161キロ、続く鳥谷に160キロの直球を投げ込み、自らのもつ日本球界最速記録159キロを更新した。今年、米国からやってきた細身の長身右腕が、でっかい夢を日本のファンに与えた。
 延長12回裏1死一塁。クルーンが赤星に投じたカウント2−2からの6球目だった。外角高めにシュート回転した剛速球が、161キロをマークした。自身が塗り替えた日本球界最速159キロを、一気に2キロ更新。緊迫した展開だったが、ベンチで見守る牛島監督も電光掲示板を見つめて、笑った。続く鳥谷に投じた初球、外角低めのストレートも160キロを計測。ともにファウルされたが、2度の160キロ超えを果たした。
 両チーム適時打なしで、延長12回まで1−1。しびれる試合が、剛腕のアドレナリンに火をつけた。
 クルーン「1点もやれない場面だったから、たとえ引き分けでも負けたくなかった。力が入っていたかも知れないね」。
 5月11日に楽天戦(宮城)で159キロを投げて以来、何度もタイ記録をマーク。そしてこの日だけで、5球マークした。“大台”超えの2球は走者を背負い、スピードが出にくいとされるクイックで達成した。
 クルーン「ファンのために(160キロを)達成したい気持ちはあった。あの声援のおかげだよ」。
 4月、黄色で埋まる甲子園のスタンドを目の当たりにして、驚きを覚えた。「あの盛り上がりはすごいから」と、23日のオールスター第2戦での登板を楽しみにしていた。しかし、サヨナラ勝ちを願う虎党の大声援が、ひと足早くクルーンの背中を押した。
試合前のスタンドで、練習を中断してサインをする姿をよく見かける。「自分にサインをもらったことがきっかけで、野球を好きになってくれたら。BASEBALL IS FAN」。米ニューヨークで生まれ、父の顔を知らずに、厳格な母の手ひとつで育てられた。苦労しているからこそ、応援がうれしかった。
 大台超えの陰に、チームの温かな配慮もあった。試合直前、クルーンは必ず球場内のファストフード店へ足を運ぶ。球団が買い与えることはしない。山口フィジカルコーチは「偏食は確かに良くない。しかし、ただでさえストレスの多い日本での生活。頭ごなしに注意はしません。足を運ぶことが少しずつ煩わしくなってくれれば…、ね」。結果、今では球場選手食堂の牛丼を食べられるようになった。初めて口にしたときは、拍手が起こった。5月中ごろのことだった。

 記念の2球はファウルとなりスタンドへ消えた。「欲しかったけど、しょうがないね」。夢がファンの元に届いたと思えば、納得できた。牛島監督はクルーンに対する思いを、こう表現したことがある。「オレが監督になって授かった、宝物」。指揮官だけの物ではない。年俸4200万円で海を渡ってきた男は、日本球界にとっても宝物となった。
(日刊スポーツ) - 7月20日9時52分更新

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