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zoom RSS 牛島後任占い。

<<   作成日時 : 2006/09/04 20:39   >>

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今のうちは言いたい放題だな。

スポーツ各紙、辞任報道一夜明けての後任占い。

スポニチ:斉藤・平松
報知:田淵・平松・佐々木
ニッカン:平松・斉藤・遠藤・大矢
デイリー:田淵・大矢 (外国人と佐々木はナシ)

田淵はホントやめて。

平松、遠藤、斉藤と。当然のごとく大洋時代のOBの名前がいくつかリストアップされているのだが、今まで放っておいた割にはいまさらって感じ。

本当に開港150周年の3年後の優勝を見据えてるなら、そもそも今回みたいな牛島騒動にはならないはずなんだが。性根を入れて選んでね。
牛島監督後任候補に斉藤、平松両氏
(2006年9月4日 スポーツニッポン)

横浜は3日、牛島和彦監督(45)の今季限りでの退団を発表した。牛島監督は3年連続最下位のチームを就任1年目の昨季こそ3位に導いたが、今季は最下位に低迷。責任を取る形で、2年契約が切れる今季限りでの辞意を8月中旬に球団に伝えていた。再三の続投要請を行ってきた球団側も最終的に了承。後任監督には斉藤明夫氏(51)、平松政次氏(58)の両OBの名前が挙がっている。

来季の監督について、球団はチーム生え抜きのOBを中心に絞り込みを始めている。佐々木邦昭球団社長(59)は会見後「候補にはまだ誰も挙がっていない。シーズン終わり頃に発表できれば」と話したが、有力視されるのは斉藤氏、平松氏の元エースだ。

牛島監督が就任する際、山中正竹球団専務(59)は「投手王国を築いてくれ」と投手力の整備を最重要課題に掲げていた。1年目の05年こそチーム防御率はリーグ2位の3・68に改善されたが、今季はここまでリーグワーストの4・26。投手出身の2人の名前が挙がるのもこうした背景があるからだ。

斉藤氏は情に厚く後輩の面倒見がいいことで知られる。現役晩年の数年間は抑えに転向したばかりの佐々木主浩氏(解説者)やルーキー時代の斎藤隆(現ドジャース)のいい相談役となっていた。96年に投手コーチに就任すると、権藤政権下の98年には球団史上2度目の日本一を後押し。鉄壁の投手陣を育て上げた指導力には定評がある。

斉藤氏はスポニチの取材に「何も聞いていません。シーズン中だし。(球団から)連絡は何も入ってません」と話したが、今年2月に評論家として沖縄・宜野湾キャンプを訪れた際は、全体練習後の特打の打撃投手を買って出るほどチーム愛は深い。投手コーチ時代に指導した三浦や川村も健在だけに、監督として再びユニホームを着る可能性は十分ある。

平松氏は「カミソリシュート」を武器に70年には25勝するなど最多勝を2度獲得。プロの指導経験こそないが、テレビやラジオ解説で見せる分析や評論は切れ味鋭い。球団内部には、通算201勝と歴代OBの中でもピカ一の実績に期待する声が多い。

牛島監督が積み残したままの投手王国建設。来季の新監督は、この至上命令に答えを出せる人材が務めることになる。

◆平松 政次(ひらまつ・まさじ)
1947年(昭22)9月19日、岡山県生まれの58歳。岡山東商3年時の65年センバツで4試合連続完封し、優勝。日本石油を経て66年ドラフト2位で大洋(現横浜)に入団。69年から12年連続2ケタ勝利を挙げるなど、通算635試合で201勝196敗16セーブ、防御率3・31。84年に現役を引退した。タイトルは最多勝2回(70、71年)最優秀防御率1回(79年)沢村賞1回(70年)。

◆斉藤 明夫(さいとう・あきお)
1955年(昭30)2月23日、京都府生まれの51歳。大商大から76年ドラフト1位で大洋(現横浜)に入団。77年新人王獲得。82年に抑えに転向し、同年史上初のシーズン30セーブを記録。88年には右投手初の「100勝100セーブ」を達成。89年から投手コーチ兼任となり、93年に現役引退。通算601試合で128勝125敗133セーブ、防御率3・52。96〜99年に横浜の投手コーチを務めた。

牛島監督無念の降板…後任に田淵氏、佐々木氏、平松氏浮上
(2006年9月4日 スポーツ報知 )

横浜・牛島和彦監督(45)が、3日の阪神戦後に横浜スタジアムで会見し、2年契約が満了する今季限りでの辞任を発表した。「2年目で結果を残せなかったのは私の責任」と、今季ここまで47勝68敗3分けで最下位に低迷している責任を取った。残り28試合は引き続き指揮を執る。慰留に自信を見せてきた球団側も了承し、シーズン終了時の新監督発表を目標に、後任選びに着手する。

0−8の惨敗で6連敗を喫してから約20分。牛島監督は、虎党の六甲おろしがかすかに聞こえる横浜球場内の会議室に、口を真一文字に結んで入ってきた。そして第一声で、自らの監督生活にピリオドを打った。「2年目で結果が残せないのは私の責任。会社に(辞意を)伝え、了承していただいた」直前にはロッカールームで選手、コーチらに同じ内容を伝えており、口調は淡々としていた。

佐々木邦昭球団社長(59)も同席して行われた会見によると、牛島監督が辞任を決断したのは8月に入ってから。同10日ごろに佐々木社長に辞意を伝えたが、球団側は就任1年目の昨季、3年連続最下位だったチームを3位に導いたことや、若手の積極的起用などを評価し、慰留に努めた。同11日には若林貴世志オーナー(63)が、牛島監督について「僕は(来季も)やってもらいたいと思っている」と発言。それでも、指揮官の辞意は固く、佐々木社長は「補強や育成面での考えは、牛島監督とほぼ一致していたが(低迷の)責任の取り方という点で一致しなかった」と苦渋の表情で話した。

球団が退団を正式に了承したのはこの日の午前中。牛島監督の「(去就報道で)選手も戸惑うだろうから、早めに(発表)したい」という意向もあり、残り28試合で最下位脱出の可能性もある中で、異例の緊急辞任会見となった。


後任監督について、佐々木社長は「まったくの白紙」と強調。しかし関係者の間では、牛島監督就任の際も最終候補に挙がった田淵幸一氏(59)=元ダイエー監督=、昨年まで横浜に在籍し、根強い人気の佐々木主浩氏(38)=元マリナーズ投手=、NPO法人「横浜ベイスターズ・スポーツコミュニティ」の理事長を務め、地元への貢献度が高い平松政次氏(58)=元大洋投手=らの名前が挙がっている。同社長は「理想としては、シーズンが終了してまもなく発表したい。秋季キャンプは新しい人に見てもらいたい」と話しており、後任選びは早速、本格化する。

◆牛島 和彦(うしじま・かずひこ)1961年4月13日、大阪府生まれ。45歳。浪商時代は3度甲子園に出場。79年ドラフト1位で中日に入団。3年目からリリーフエースとして活躍。87年にロッテへ移籍。同年2勝24セーブをマークし、最優秀救援投手を獲得。89年には先発に転向し12勝5敗。93年に引退。通算成績53勝64敗126セーブ。05年に横浜の監督に就任し1年目は3位だった。177センチ、70キロ、右投右打。

横浜牛島監督が退団会見、後任候補
(2006年9月4日 日刊スポーツ)

横浜牛島和彦監督(45)が3日、2年契約が切れる今季限りで退団することを発表した。阪神戦(横浜)の試合後に球場で会見し、ここまで最下位に低迷している成績不振を理由に退任する。会見には佐々木邦昭球団社長(59)も同席し、3カ月に渡る続投要請を続けてきたが、牛島監督の意思は固く、了承したことを明かした。同監督はシーズン終了まで指揮を執る。球団側は後任監督については白紙としたが、4人の候補者をリストアップ。今後は来季へ向けた新体制づくりが急ピッチで進められる。

横浜は牛島監督の後任監督候補にOBの中から平松政次氏(58)、斉藤明夫氏(51)、遠藤一彦氏(51)、さらに横浜で監督経験がある大矢明彦氏(58)の4人をリストアップしていることが明らかになった。佐々木球団社長は「(後任監督は)全然考えてないと言えばウソになるが、まったくの白紙です」と強調。これからリストアップした候補者を精査した上で、一本化して打診する。

新監督の人選についてはオーナー企業のTBSは佐々木球団社長に一任する方針で、交渉まですべて球団が主導権を握る。TBS関係者は「後任は球団の意見が反映されるでしょう」と語った。佐々木球団社長は「理想的にはシーズン終了後、間もなくして新監督を発表できればいいけど。秋季キャンプは新しい監督にお任せしたい」とシーズン終了までには後任を決めたい意向だ。佐々木社長は横浜開港150周年の3年後には日本一になるチームづくりの「3カ年計画」構想を持っており、新監督は複数年契約の長期的なスパンで迎える方針だ。

村田、吉村ら若手が成長し発展途上のチーム。観客動員が伸び悩んでいることからスター性を求められる一方で、現在最下位の低迷の現実を重く受け止め、勝つための実務派を求めている。9月下旬の高校生ドラフトには間に合わないにしても、来季の戦力補強があるため、急ピッチで作業を進める。佐々木球団社長は「モヤモヤした形で後任がどうのというのは現監督に失礼ですから。これからじっくり検討します」。一区切りつき、後任の人選が本格化する。

横浜・牛島監督が引責退団
(2006年9月4日 デイリースポーツ)

横浜は3日、牛島和彦監督(45)が成績不振の責任を取り、今季限りで退任すると発表した。横浜スタジアムで行われた阪神戦後、牛島監督と佐々木邦昭球団社長(59)が記者会見した。同監督は05年に監督就任し、3年連続最下位だったチームを3位に引き上げたが、2年契約の2年目の今季は、3日現在で47勝68敗3分けで最下位に低迷している。残り試合は引き続き指揮を執り、後任は未定。

牛島監督は「選手は歯を食いしばって頑張ってくれたけど、結果を残せず、わたしの責任だと感じた」と、2年契約の2年目で好成績が残せなかったことを理由に挙げた。「それ(辞意)を会社に申し出て、承諾してもらいました」と、表情を変えることなく語った。

昨季は就任1年目で、チームを4年ぶりのAクラスに導いたが、今季は4、5月の不振から最下位へ定着。それでも球団はその手腕を評価し、来季続投を打診してきたが、牛島監督は8月10日、佐々木球団社長へ辞意を伝えた。

球団側は慰留を続けたが、翻意は困難と判断。「最終的に、監督の強い意志を尊重することにした」(佐々木社長)と退団を了承し、公式戦を28試合残した時期での異例の発表に至った。


注目の後任監督について佐々木社長は「これからじっくりと検討したい」と現時点での白紙を強調。今後、OBや外部招へいを含めた中での後任人事選定に入る。だが、秋季キャンプまでの早急な決断が求められることから人選も限定される。

佐々木社長が「時期的に遅い」と話しており、外国人監督の招へいや、OBの佐々木主浩氏ら新人監督を軸にした組閣は構想外のもようだ。

現時点での有力候補は、親会社のTBSで解説者を務め、監督経験もある田淵幸一氏。96、97年に横浜の監督を務め、選手育成に定評のある大矢明彦氏などが挙げられる。横浜は、今後3カ年計画でチーム強化を目指し、3年後の09年は横浜開港150周年に当たる。だが、育成と再建が課題の現状で、後任監督は難しいかじ取りを迫られそうだ。

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