守成円蔵のちいさな世界

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zoom RSS 邱永漢さん、逝去。

<<   作成日時 : 2012/05/18 15:51   >>

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ご冥福をお祈りします。

高校生のときでしたよ、この人の本をたまたま読んで影響を受けたのは。

で、別に私はその後お金持ちにはなっていませんが(笑)。

彼のいうような、投資だとか、リスクを負うとか、そういうことやったわけでもないですし。

ただ、中国の経済発展に歩を合わせるように、この方も晩年にかけて経済活動を展開されてきました。大陸側でも、母国台湾側でも、ともに歓迎されて受け容れられていたように(外野からは)見えました。私も学生時代や社会人時代も中国にじかにふれる機会を得ましたが、彼の思想に学ぶ点は少なくなかったですね。

彼は中国人(台湾人)のアイデンティティを持ちつつも、日本人の母をもつハーフでもあり。日本統治下の台湾で青春を過ごし、そして追われるように香港へ出て、そして日本へ。ビジネスとして成功したのが日本時代であったことで、通常の日本人にはない視点から日本経済を語ってくれました。それらは私がずいぶん若かった頃の視野を広げる手助けをしてくれたと思っています。(読書を通じて、だけのことですけどね)

いまはどうかわかりませんが、2005〜6年くらいまではけっこうブックオフの100円コーナーに彼の著作が出てて買いあさったものです。この頃、邱さん自身がネットに著述の場を移してきたあたりの頃ですから、逆に書籍で親しんできたオールドファンあたりが手放したであろう中古本がまだまだ出回っていました。彼の90年代はもちろん、80年代、70年代のものも!それくらいの著作がけっこうサクサク入手できました。それはつまり著作数が多いということでもあって、なかなか買っても読めずじまいのままなんですが(笑)。

邱さんはお年を召しても好奇心旺盛。2000年代前半だと、たしか70代も後半だったはずなのにインターネットに理解があって、「ネットを使ってどんな商売ができるのか興味があった」と意欲的にサイトを展開していました。もちろん、システムとか入力とかはスタッフがやればいいことで、コンテンツとなるご本人のアイデアがふんだんにちりばめられていました。

当時のことだから、例えば本にする中身をそのままネットで公開したらお金になるのかどうかとか、あるいはネットを広告として考えて新しいビジネスの集客ができないかとか、ネットの可能性を探っておられたように記憶している。

私は77歳で死にたい、なんて言ってましたが、それから11年も長生きをされたわけです。私のような小市民がマネをできることはといえば、老いてもなお衰えぬ好奇心を持ち、行動をし続けた彼の生き様であります。合掌。
直木賞作家 邱永漢さんが死去 「お金もうけの神様」として人気に
(スポニチ 2012年5月18日)

直木賞作家で経済評論でも知られた邱永漢(きゅう・えいかん、本名丘永漢)さんが16日午後7時42分、心不全のため死去した。88歳。台湾生まれ。

葬儀・告別式は近親者のみで行い、後日「お別れの会」を開く。喪主は妻亜蘭(あらん)さん。

日本統治下の台湾・台南で生まれ、旧制台北高校から東大に進学。卒業後、台湾に戻ったが、戦後の台湾独立運動に関係したとして国民党政府の弾圧を受けて香港に逃れた後、再び日本へ。1956年、小説「香港」で直木賞を受賞した。

その後は日中の文化比較や食文化などをテーマに多くの著作を発表。高度経済成長期やバブル経済期には、株や不動産への積極的な投資を背景にした経済評論でも知られ「お金もうけの神様」として人気があった。

晩年も、中国でコーヒー園を経営するなど多角的な事業を展開するとともに、旺盛な執筆活動を続けた。著書は「食は広州に在り」「中国人と日本人」「お金持ちになれる人」など多数。

80年に日本国籍を取得した。

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