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zoom RSS 石井琢郎の引退。

<<   作成日時 : 2012/08/28 10:12   >>

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大抵のファンの反応とは違って…

…ちょっと冷静に受け止めている。

たしかに2000本安打を大きくクリアし2500本に近づけた大打者。まさかそんな人が横浜に、と思えば本当にすごい記録を残した人なんだなあ。

そんな選手でも、横浜を追われる(あるいは飛び出す)格好で広島へ移籍し4シーズン。すっかり今や赤色が似あう選手になったと思う。正直、彼の性格からいうと青より赤のユニホームのほうが彼らしさを表現してるかもしれない。

で、俺が冷静に見てしまうのは、若手が伸びてきた広島でも基本控えの選手だったこと。その中でそれなりにヒットも打ってきたけれど、横浜の移籍前数年よりもかなり数字を落としている。当時、横浜が指導者含みで戦力外通告を出したのは間違った判断ではなかったと俺は思っている。事実、横浜に現役で居残るにも難しい成績だったろうし、彼がおとなしく横浜で代打専門の控えに甘んじることもなかっただろう。だから出るしかなかった。

でも、出たところで、あんまりいい成績を残せないだろうな、と思っていた。

そこんとこには広島が「それでも若手の手本となってくれた」と言ってくれる部分もあるだろうから、ヒットだけの問題じゃないんだろうけど、結果がすべてといえば結果だけの世界なんだし。石井琢郎もかつてそう言っていたように。

そこで、彼が昨日の引退のニュースでいみじくもこう言っていたのを聞いて、俺もなんだか納得がいったわけだ。
 「横浜時代の20年間は選手として育ててもらった。広島では4年間だけど、横浜の20年間をりょうがするぐらい内容が濃かった。横浜時代はガツガツし、出た時は意地もあったが、広島に来て視野が広がり、4年間でカドがなくなったと思う」

横浜を出る喜び、じゃないが、横浜に居ては得られないこと、出たからこそ得られたものというのがある。

広島への恩が最優先だからこうも言うし、それが事実だろうし。コーチとしての道はしばらく広島で歩むことになってしまうかもしれない。

ただ、単身赴任を続けてまで彼がそうするのかどうか。20年を凌駕するくらい濃かったという広島で得たノウハウを、いずれにしろ横浜へ戻ってきて生かしてくれるときが来るのを、俺はわりと冷静に待っています。

お疲れ様でした!

ちなみに、wiki等で引いてみると、彼の24年(89年〜12年)の現役生活で2430安打。このうち広島の4年で123安打だと思われますから横浜時代の20年で2307本(このうち3本は投手時代のもの)という計算になる。3年間投手だったから横浜で野手だったのは実質17年。

投手で1勝、野手で2000本安打、というのは稀有な存在。

それから、彼がドラフト外入団ってものもういまやなかなか聞けない言葉。彼がプロ野球で現役最後のドラフト外だそう。俺は巨人の西本が好きだったけど、ドラフト外から成功を収めた人は、相当タフネスだ。

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