昔チェルノブイリ、今チャイナ。

今年でチェルノブイリ20周年。

当時、僕はまだ小学生だった。連日の報道。事故が世界に明らかになったのは事故後数日たってからで、北欧あたりが「なんかおかしい」と騒ぎ出したことが発端だった。当事者のソ連はそれまで事実を隠し続けていた。すでに放射能が気流に乗って地球を一周しつつあるという。ヨーロッパは汚染されていたし、日本上空でも実際に放射能は測定された。イタリアから輸入しているスパゲッティも、小麦段階で汚染されてしまっているから、当面食べれないと聞かされた。その後、フツーにヨーロッパ製品食べてしまっているが、本当は、ヤバいのかもしれない。誰も口に出さないだけで。

小学生の僕は、広島や長崎のことで放射能の恐怖は学んでいたし、図書室で「はだしのゲン」を愛読していたから、チェルノブイリのことで僕はガクガクブルブルだった。ギギギ。僕らももうちょっとで死んでしまうんだ、と。

86年のことだったから、アホな小学生たちは、ノストラダムスを半信半疑で恐れていた。ボクもそうだった。きっとこの事故も、ハルマゲドンへの序章なのだと。今の子供達は笑うだろう。でも、99年が来るのが正直怖かったよ。きっと、86年に起きたこの事故の余波で、99年にかけて人類はじわじわと死んでいくのだと怯えていた。

あれから20年(!)。西暦は2000年を軽く突破しやがって、ノストラダムスなんて軽く死語に。ああ、子供のころから心配性だったんだなあ、俺。

事故を起こした原発は、コンクリートで遮蔽された。作業したロシア人にも死者が出た。そのコンクリートも、老朽化していずれ崩れるのではないか、と。そうでなくても、そもそも放射能漏れを遮断しきれていないのだとか、雨水がしみこんで汚染された水が地下に流れているとか。多くの人々が廃村で追い出され、また後遺症に苦しみ続けているという。危険を承知で元の村に戻って生活する人々が黙認されているとも。なんというか、チェルノブイリの一件は、解決しているんじゃなくて、「見棄てられたまま」20年経っただけのような気がしてならない。

時を経て、今は中国の環境汚染が気になる。20年たっても心配性なのは、結局変わらないものだ。

昔というか1995年ごろの話、旅先の中国。黄河沿いの工場から、血の色の排水が黄河に滝のように流れ込んでいるのをこの目で見たことがある。一事が万事、ゼッタイこの国ヤバいと思った。黄海にいるはずのエチゼンクラゲが日本沿岸で増殖しているのも中国近海の富栄養化(ちなみに「ふ・えいようか」と区切るの最近知った)だし、重金属垂れ流しの海水が東の日本へ向かって流れてきたり、例の吉林省の化学工場爆発垂れ流し事故の汚染物質はアムール川を経て樺太・北海道近海まで降りてくるらしいし。中国から輸入してくる野菜とか、いくら安くても食べたくなくなる。土の汚染と、残留農薬と、ポストハーベストと。

まあ、中国の環境汚染をいくら案じてみたところで、やっぱり20年後のボクはしっかりちゃっかり生きているんだろう。しかし、急激な成長には、ゼッタイに急激なゆがみがひそんでいるものだ。環境汚染しかり。それから、一人っ子政策なんか日本以上の少子高齢化社会を招くんだろうけど、どうなるんだろうかね。犯罪、貧富、反体制…。心配しても仕方ないか。

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