草津温泉の荒療治「時間湯」

先日下諏訪温泉に行ってきました。

温泉地へひとり旅なんて本当に久しぶりで、とてもウキウキした。

下諏訪のように、共同浴場が豊富な温泉場というのは、気取らずに、懐深くて大好きです。220円で入らせてもらえるし。まさに自然の恵みだ。

あちらの方ってのは熱い湯が好みみたいで、「旦過の湯」なんて46度だとか。私など、10と数えてられなかったですよ。そういうのは地元の人にはひと目でよそ者だとわかるから、湯船の中から「まだまだだな」みたいな余裕の笑みで見られてしまう。「旦過」って、たしか仏教用語で「修行」とかに通じる言葉だったような記憶があるが、「この温度じゃねえと入った気にならないよ」と余裕シャクシャクの地元のおじさんたちはそれ知っているのだろうか。仏様なのかあんたら(笑)。

新湯にも入ったけど、あそこはちゃんと入れる温度だけど、それでも僕にはなかなか熱目の湯だった。

だからといって、誰でも入れるように温度をさげろ、という話ではない。これこそが地元の湯に入る醍醐味なのだ。地元がどんな湯を愛しているのか。そこにヨソモノがちっとだけ参加させて味わわせてもらう。これだよ。ヨソモノしか入らない宿泊施設のほうの湯は、いくらでもアジャストしたらいいけれども。

話は変わりますが、草津温泉に関する記事。参考になるのでそのまま引用させてもらいます。
人を結び病を癒やす 草津温泉の荒療治「時間湯」
(2008年10月5日 産経新聞)

《草津よいとこ~ 一度はおいで~》 

大型ホテルや旅館が軒を並べ、浴衣姿の客でにぎわう草津温泉。路地裏にある共同浴場「地蔵の湯」から、どこか哀感を帯びた節回しが響いてきた。ここでは1日4回、48度の熱湯に3分間入浴する荒療治「時間湯」が行われている。

「支度がよろしければ、かぶりましょう」

「湯長(ゆいちよう)」と呼ばれる時間湯の指導者、井田剛文(46)が号令をかけると、10人ほどの湯治客が一斉に頭から30~50杯のかけ湯を始めた。湯のかぶり方や回数は、湯治客の病状や体質によって井田が指示する。入浴にも礼の仕方などの厳しい規律があり、浴場は「道場」ともいわれる。

「ここのお客さんは病院を吐き出されてきた人。半端な気持ちでは来ていない。覚悟が違うんです」

時間湯は江戸時代から伝わる伝統的な温泉療法。「現代医学から見放された人が、すがる思いで湯治に訪れる」。アトピー性皮膚炎に苦しむ若者の姿も多い。

《お湯の中にも 花が咲くよ~》

井田から指名された体格のいい湯治客の男性が声を張り上げると、残りの湯治客たちが「チョイナチョイナー」と調子を取る。井田は長さ6尺(約1・8メートル)の板を手に持ち、青みがかった透明な湯が流れ込む湯船の中で、リズム良くかき回した。硫化水素を含む湯は、湯もみで空気に触れ、徐々に白く濁っていく。

草津節は時間湯を始める儀式なのだ。

「内(ない)湯治といって、声を出すことで浴場に充満した温泉の成分を体内に取り込む。肺呼吸で解毒や免疫機能を高めるんです」

草津節や掛け声一つにも効能がある。代々伝わる「門外不出の書」には、発声の効能だけでなく、浴槽の材質や大きさに至るまで細かく記載されているという。湯は1円玉を1週間で溶かすというPh2・0の強酸性。湯もみの板は湯をはじくヤニを含んだアカマツ以外は使えない。

「湯もみで温度を下げるだけでなく、温泉の濃度も自在に調整できます」

生後半年の乳児から90歳を超える高齢者まで、体調や症状に合わせて40~48・2度に温度を微調整していく。「これほど計算され尽くした湯はないと思いますよ」 

                ■-■-■

井田も以前は、湯治客の1人だった。東京都内の大手印刷会社に勤めていた20年前、バイクで帰宅途中、交差点で信号無視のトラックに突っ込まれ、大けがを負った。一命は取り留めたものの半身不随になり、医師からは「一生、歩けるのは厳しい」と宣告された。

海外転勤を前に「仕事も恋人もいっぺんに失った」。絶望のふちに立たされ、首つり自殺を図ったこともあった。心配した医師が「たまに良くなる人もいるらしいよ」と時間湯を紹介してくれた。

松葉づえを突いてたどり着いた地蔵の湯は「一見お断り」だった。それでも何度も通ううち、先代湯長の高原喜助から声をかけられた。「寒いだろ。へえってきなよ」。途方に暮れていた平成8年の冬のこと。「救われた」と思った。

4年間の湯治で、不自由なく歩けるまでに回復。東京に戻り、再び第一線で活躍できる喜びをかみしめていたが、高原から「お前を残したい。帰ってこねえか」と請われ、湯長を引き継ぐことにした。

内弟子として下働きを続け、副湯長を経て、高原が87歳で亡くなった15年、8代目湯長に就任。365日休みはなく、収入もほとんどないが、「命を救ってくれた先代に恩を返す」。その一心で続けている。

                ■-■-■

大正から昭和初期の最盛期に5軒あった時間湯は、後継者不足などから次々と閉鎖され、本格的な時間湯を受けられるのは地蔵の湯だけになった。収入が見込めないうえ、病人も出入りすることから地元の一部では存続に否定的な意見もあったという。

「草津が観光地化する中で、湯治文化を残そうという意識がなくなった」。温泉の効能や歴史の研究に取り組む草津温泉「温泉観光士」協会会長の中沢芳章(58)が当時を振り返る。一度は衰退した時間湯だが、昨今の「デトックス」(解毒)ブームを機に、見直す動きが広まりつつある。

「時間湯はデトックスにもつながり、健康な人にも受け入れられる。湯治場としての草津の役割を忘れてはいけない」。草津町長の中沢敬(59)は、観光客向けの体験入浴などを通じて、ベールに包まれていた時間湯の効能を広めたいと語る。

薬剤師の仲井晋二(31)は「薬も効かなくなるほど、アトピー性皮膚炎に苦しんでいたのに時間湯ですっかり良くなった。感謝の気持ちは忘れない」と、時間湯の保存に取り組むNPO法人を立ち上げた。

湯を介して神様と人を結ぶ「結(ゆ)い長」から、時間湯では「湯長(ゆいちょう)」と呼ばれるようになった。多くの人が湯と結ばれ、病や疲れを癒やしていく。草津の温泉街に、今日も草津節が響き渡る。

一命は取り留めたものの半身不随になり、医師からは「一生、歩けるのは厳しい」と宣告された。
…アトピーに効くとされる温泉はほかにもいろいろあります。僕は温泉で治したわけじゃないからなんともいえません。温泉がアトピーに有効だとも権威は認めておりません。でも、それでも、とある医者が”よくわからんが効く人もいるらしい”と認め、半身不随の患者さんが現実に立ち直っているという事実は、直視しなければなりません。

「救われた」と思った。
…そういう気持ちって、なんかわかる。自分のアトピーの場合は、”多くの大人がいまやなぜかアトピーに苦しむのはなぜか?それは医者のせいである。厚生省のせいである。製薬会社のせいである”と、堂々と私に話してくれた医師に出会ったときに「ああ、やっと救われた。やっと自分の体じゅうの皮膚がグズグズになっているのを正面から受け止めてもらえた。やっとアトピーの原因を認めてくれる人がいた」、とほっとした。それから、治るのだという確信をもって進めた。それまで、「アトピーは原因不明」「精神力の弱い本人のせい」「どうやっても治らない」そういわれてきましたからね。

「薬も効かなくなるほど、アトピー性皮膚炎に苦しんでいたのに時間湯ですっかり良くなった。感謝の気持ちは忘れない」
…薬が効かなくなるほどのアトピーというのは、アトピーの薬の副作用でそこまで悪化しているだけのことで、アトピーが悪化したから薬が効かないんじゃないんですよね。医者はそんなこと絶対に認めませんが。

以上、元アトピー患者としての久々の記事でした。

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